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京都地方裁判所 昭和54年(ワ)1251号 判決

原告 株式会社広瀬商店

被告 国

代理人 古城毅 橋本敦 ほか三名

主文

一  被告は原告に対し、金一〇〇万円を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告は原告に対し、金一〇〇万円を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(予備的請求)

1 別紙貯金目録記載の貯金の内金一〇〇万円が原告に所有ないし帰属することを確認する。

2 被告が別紙小切手目録記載の小切手をもつて、原告の京都銀行西陣支店当座預金口座より金一〇〇万円を取立て、別紙貯金目録記載の貯金口座に入金した行為の無効であることを確認する。

3 被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五五年五月二八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は被告の負担とする。

5 第3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(主位的請求に対し)

1 原告の請求を棄却する。

(予備的請求に対する答弁―本案前)

1 原告の予備的請求の趣旨第2項の訴を却下する。

(予備的請求に対する答弁―本案)

1 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

(主位的請求)

一  請求原因

1 原告は株式会社京都銀行西陣支店(以下、京銀西陣支店という)に当座預金口座を有し、同行より小切手帳の交付を受けていた。

2 訴外田川正美こと某(以下、訴外田川という)は、昭和四八年五月ころ、原告方(当時の住所、京都市上京区大宮通中立売上ル糸屋町二〇二)より、右小切手帳の小切手用紙一枚を盗取し、これを偽造して別紙小切手目録記載の小切手一通(以下、本件小切手という)を作出し偽造した。

3 訴外田川は、昭和四八年五月一八日、被告の大阪浪速郵便局(以下、被告局という)に対し、別紙貯金目録記載の貯金(以下、本件貯金という)をしたが、その際本件小切手を行使して、本件貯金の一部金一〇〇万円として預け入れた。

4 京銀西陣支店は、被告局に対し、同年同月二三日、本件小切手につき金一〇〇万円の支払をなした。

5 原告は訴外田川に対し、右のとおり不法行為による金一〇〇万円の損害賠償請求権を有するところ、同訴外人は所在不明で本件貯金の払戻手続もせず、無資力とみるほかはないところ、同訴外人は被告局に対し、右のとおり本件貯金債権を有しているので、原告は自己の同訴外人に対する右債権を保全するため、同訴外人に代位して被告に対し、本件貯金債権を行使し、金一〇〇万円の支払を求めるため本訴に及んだ。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、2の各事実は不知。

2 同3、4の各事実は認める。

3 同5の事実のうち、原告が訴外田川に損害賠償請求権を有するとの点及び同訴外人が無資力であるとの点は不知。

三  抗弁(消滅時効)

仮に原告の訴外田川に対する損害賠償請求権が認められるとしても、

1 原告は、昭和五〇年一二月一七日、京都地方裁判所に対し、訴外田川を被告として、同訴外人の本件小切手盗取等の不法行為を原因とする損害賠償請求訴訟を提起(同庁昭和五〇年(ワ)第一四五号)したが、右訴訟は、昭和五二年一一月一一日休止満了により終了した。

2 従つて、原告は、昭和五〇年一二月一七日の翌日から三年間右権利を行使しなかつたもので、右権利は三年間の経過により時効で消滅した。なお、被告は消滅時効の完成によつて、直接利益を受けるので、時効援用権者に該る。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は認める。

五  再抗弁(時効の中断)

1 原告は、訴外田川を債務者とし、原告の訴外田川に対する本件不法行為による損害賠償請求権に基き、訴外田川の被告に対する本件貯金債権仮差押の申立を京都地方裁判所になし、昭和五二年一〇月二〇日、右仮差押決定(同庁同年(ヨ)第一、〇二四号、以下、本件仮差押決定という)を得た。

2 よつて、原告の訴外田川に対する右債権の消滅時効は中断した。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は認める。

七  再々抗弁

本件仮差押決定は、被差押債権たる貯金債権の種類及び記号番号を特定していないので、被差押債権の特定性を欠き、無効であるから、時効中断事由に該当しない。

八  再々抗弁に対する認否

被差押債権が特定していないとの点は争う。

(予備的請求)

一  請求原因

1 訴外田川と被告の共同不法行為

被告局は、訴外田川の本件小切手偽造、行使に引続く本件小切手による金一〇〇万円の取立行為に加担したものであり、右は原告に対する金員の騙取行為であり、原告はこれにより金一〇〇万円の損害を受けた。

2 原告の所有権

右のとおり、騙取された金一〇〇万円は賍物であり、原告は右金一〇〇万円につき所有権を有する。

3 よつて、原告は被告に対し、被告の占有する賍物たる金一〇〇万円と同一性を有する本件貯金の内金一〇〇万円が原告に所有ないし帰属することの確認を求め、被告局の詐欺による本件小切手の取立行為とこれと一体関係にある本件貯金に対する入金行為の無効であることの確認を求め、被告の不法行為による損害金一〇〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和五五年五月二八日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

全部否認する。

三  本案前の抗弁

予備的請求の趣旨第2項の訴は、過去の法律行為の無効確認を求める訴であるから、訴の利益(確認の利益)がなく不適法である。

第三証拠 <略>

理由

一  主位的請求について

1  <証拠略>によると、請求原因1の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  請求原因3、4の各事実は当事者間に争いがないので、以下、同2の事実につき判断する。

(一)  <証拠略>によると、原告会社は、もと京都市上京区大宮通中立売上る糸屋町二〇二番地において、原告代表者の住居に併設してその二階の一部を事務所とし、従業員一二名で呉服問屋を営んでいたが、専属的な経理担当者はおかず、原告代表者が主として経理面を担当していたこと、原告会社は、京銀西陣支店のほか、三井銀行西陣支店及び滋賀銀行西陣支店とも当座取引を有し、右三行より小切手帳の交付を受けていたが、原告代表者は、これらの小切手帳を右事務所北東隅の金属製ロツカーの中に、原告会社及び代表者の記名印、代表者の銀行届出印(実印)、チエツクライター等と一緒に保管していたが、右ロツカーの施錠はしていなかつたこと、原告代表者は、小切手振出の際の手数を省くため、予め全部の小切手用紙に、原告会社及び代表者の記名印を押捺していたが、代表者の実印は振出の都度押捺していたこと、原告会社においては、小切手の振出行為は、原告代表者自らが行ない、同人の妻が数回任されたほかは、他の従業員が小切手の振出行為を任されたことは一度も無かつたこと、原告代表者は小切手を振出す際、小切手帳の番号順に用紙を使用し、金額をチエツクライターで記入し、振出年月日を自筆で記入し、代表者の記名の後と小切手帳の控の部分との二か所に代表者の実印を押捺したうえ、帳簿にも振出の事実を記載していたこと、原告会社は、京銀西陣支店より、昭和四七年八月二三日ころ、番号CXO七〇五一ないしCXO七一〇〇の小切手帳(五〇枚綴)の交付を受け、前示のとおり保管し、番号順に使用していたが、昭和四八年六月三〇日ころ、右のうち、番号CXO七〇八三(三三枚目)の小切手用紙一枚(以下、本件小切手用紙という)が、控の部分に実印のない状態で既に抜き取られていたことが判明したこと、またそのころ、前記三井銀行西陣支店及び滋賀銀行西陣支店から交付を受けていた各小切手帳からも同様に各一枚の小切手用紙が抜き取られていたことが判明したこと、その後、原告会社では、会社内部の者が右小切手用紙を盗取したことを疑い調査をしたが判明せず、結局、同年九月二五日、京都府中立売警察署長宛に本件小切手用紙につき、盗難被害届を提出したこと、この間の原告会社の調査と中立売署の捜査によると、本件小切手用紙の金額欄にはチエツクライターで金一〇〇万円と記入され、代表者の実印が押捺され、振出日欄に昭和四八年五月二八日と記入され、裏面に「田川正美」と署名されて本件小切手とされ、昭和四八年五月二二日、被告局に小柄な女性が表われて、本件小切手と現金一、〇〇〇円を提出して田川正美名義の通常貯金の口座の開設を申し込んだが、右申込用紙は同女の依頼により同局員が代筆して記入し、住所も同女の申告どおり、大阪市浪速区河原町二と記入し、金一〇〇万一、〇〇〇円の通常貯金口座を設け、その後、本件小切手は、同年五月二二日、京都中央郵便局から交換に回され、同年五月二四日、決済されているところ、右貯金名義人の届出住所付近には「田川」姓の人物は居住していないことが判明したこと、原告会社は、「田川」姓の者と全く取引がないこと、本件口頭弁論終結時までに、右貯金の払戻しに訪れた者はいないこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  以上認定の事実によると、昭和四七年八月二三日ころから昭和四八年五月二二日ころまでの間に、何者かが原告会社事務所のロツカー内から本件小切手用紙を盗取し、右ロツカー内にあつた原告会社代表者印を冒用して本件小切手を偽造作出したものと認めるのが相当である。

(三)  次に、本件小切手の偽造者(従つて本件小切手用紙の盗取者、以下同じ)と本件貯金債権者(本件貯金申込人)の同一性について検討するに、本件貯金債権者の行動中には、次のような異常な点が観られる。

すなわち、今日の社会において、自己の住所、氏名等を書くことのできない者は極めて少いと考えられるが、本件貯金債権者は、本件貯金申込用紙の記入を被告局員に代筆させており、また、通常郵便貯金は、他の五種類の郵便貯金と比較して、その性質上日常的な預入、払戻が予想されるところ、本件貯金債権者は、本件貯金設定後本件口頭弁論終結時まで約八年間近く、その払戻を請求していない。

そして、本件貯金の基礎となつた有価証券が偽造小切手であること及び貯金名義が仮名の可能性が強いことを考え合わせると、本件貯金債権者は、本件小切手が偽造された経緯を知悉し、右事実の発覚を防止しようとして、前示のような態度を採つているものと推認するのが合理的であり、右のような者として最も蓋然性の高いのは、本件小切手の偽造者であるといわなければならない。

以上要するに、訴外田川が本件小切手の偽造者であるものと認めるのが相当であり、従つて、請求原因2の事実を認めることができる。

(四)  ところで、本件のような債権者代位訴訟において、債務者の特定を右の程度で足りるか否かは一つの問題であるが、前示の状況では、訴外田川は、仮名の可能性が強いものの、全くの虚無人ではなく、田川正美を名乗つて本件貯金をなした者が実在することは明らかであり、同人が本件小切手の偽造者である以上、原告の債権は特定されたというべきである(津地判・昭和四一年九月二二日・下民集一七巻九、一〇号八三六頁、大判・昭和一五年六月一七日・新聞四五八三巻一三頁)。

3  次に、訴外田川の資力については、前示のとおり、同人の所在は警察の捜査によつても不明であり、資産としては本件貯金債権のみが判明し、かつ、同人はこれを行使しようとしていないのであるが、本件のような不法行為者に対する債権を保全しようとする場合、右程度の事情が判明すれば、その無資力の立証は果たされたと認めるが相当である。

よつて、請求原因事実は全部認めることができる。

4  抗弁について

被告は、原告の有する不法行為債権が時効により消滅した旨及び被告は右消滅時効の援用につき、直接利益を受ける旨主張するが、債権者代位訴訟において、第三債務者が基本債権の消滅時効により受ける利益は、時効の直接の結果ではないから、第三債務者を消滅時効の援用権者ということはできない。従つて、本件においても直接の当事者たる訴外田川が時効を援用しない以上、当裁判所は時効につき判断しえない。

5  以上の次第であるから、その余について判断するまでもなく、本訴主位的請求は理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野博道)

別紙目録 <略>

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